11月、花の見ごろには少し早い居倉町の水仙畑では、イチョウの黄色が思いのほか鮮やかだった。こんなにもイチョウが多いのは、以前に銀杏を採って出荷していたからと聞いた。
あらためて見直してみると、穏やかな景色のなかにそれまで越前海岸の人びとが取組んできた生業の跡がそこここに残されていた。水仙畑はかつての棚田であり、小ぶりだけれど味のしまった蜜柑も市場に出していた時期があったという。ほかにも三椏やアブラギリなどが時々に栽培・採取され、それらが組み合わされて生計の助けになっていたのだ。
険しくて、そして美しい水仙畑から、そこでの人びとの取組みと時間の重なりがどれほど読みとれるか、もう少しやってみたいと思っている。
柳沢 芙美子 埼玉生まれですが、 ふくいでの暮らしも30年を越えました。 資料を読み解きながら、 浮かび上がってくるふくいの物語を 書きとめていきたい。 できたらカメラでも、 と思う。