私は水仙の取材で、気づいたことがあります。
それは、私よりもお年寄りの農家さんだけれど、
とても体力があって、活発なことです。
水仙畑に行ったけれど、すでに私はヘロヘロでした。なのに農家さんはすいすい行くので、びっくりしました。それを見て、私も「もっと体力をつけよう」と思いました。
あと、毎日それを繰り返しているのが、とてもすごいなと思いました。
私も見習って頑張ろうと思います。
石原 朱莉 福井市春山小学校5年生(撮影時)
私は水仙の取材で、気づいたことがあります。
それは、私よりもお年寄りの農家さんだけれど、
とても体力があって、活発なことです。
水仙畑に行ったけれど、すでに私はヘロヘロでした。なのに農家さんはすいすい行くので、びっくりしました。それを見て、私も「もっと体力をつけよう」と思いました。
あと、毎日それを繰り返しているのが、とてもすごいなと思いました。
私も見習って頑張ろうと思います。
石原 朱莉 福井市春山小学校5年生(撮影時)
「越前水仙」の現状の話になると、後継者不足、獣害の被害のことなど、どうしても明るい話ばかりではありません。
しかし、地域で活動する水仙農家さんには飛びっきりの「笑顔」がある。取材を通して感じたその笑みとエネルギッシュさを伝えたくてシャッターを切りました。
こだわったのは、縦写真であること。かつ、全てを写真に収めるのではなく、農家さんの溢れんばかり明るさが伝わればと撮影しました。
木曽 智裕 福井新聞社月刊fu編集部 (fuプロダクション)所属。
居倉町の藤崎さんご夫妻に水仙選別を教えていただいた。
作業場の壁には大工だった時の道具が整然と並ぶ。今は、ご夫婦で水仙を栽培しここで選別し出荷している。収穫した水仙は、規格の板に並べ大きさ、葉の枚数や状態、花つきからランクを決め束にする。特に大きさは厳しく決められている。後ろに積まれているのが選別済みの水仙。
写真は、撮影者達からの相次ぐリクエストを笑顔で受け止めつつ、奥様のはにかんだ様子にお二人の仲の良さがでたと思った1枚。
北村 明恵 福井市図書館勤務。 チーム福井ウィキペディアタウンとして、福井の情報をWikipediaに掲載する活動を推進しています。
50年余り、夫婦二人三脚。越前海岸の水仙畑が広がるこの場所に暮らしてきた。お父さんの本業は大工だ。自宅や作業小屋も自分で建てた。作業小屋には工具や、ワカメ漁と水仙の作業道具が丁寧に収納されていた。その作業小屋で今も2人は水仙の出荷作業を行っている。切り取った2人の横顔は同じ方向を見て共に重ねた歳月の分、なんだかよく似ていた。微笑む2人の横顔に、厳しくも美しいこの地に暮らす力強さを感じた。
牛久保 聖子 福井駅前で「クマゴローカフェ」を運営中。 Webメディアreallocal福井にてライターをしている。福井に暮らして6年。2歳のやんちゃ坊主の子育て中。好きな福井の日本酒は花垣。好きな福井の酒の肴は塩雲丹。
水仙を選別する作業の一瞬を捉えた写真。水仙を包み込むようなやさしさの溢れる手に思わずシャッターを切った。この日は水仙出荷のピーク時期にあたり、大量の水仙を選別する作業が続いていたが、忙しい中でも、水仙をさばく手先は繊細さを失っていないことに気付かされた。水仙の可憐さは、越前海岸の変化に富んだ風土によってのみ生み出されるのではなく、人の関わりよる温かさが加わって形作られていくものなのかもしれない。
藤川 明宏 福井市の文化財保護係。専門は歴史考古学と仏教美術を少々。三角縁神獣鏡チョコの職人。福井の仏像を調査中。最近は越前海岸の水仙畑にも詳しい。
ノカテの活動でお世話になっている藤崎夫妻の奥様・愛子さん。越前水仙として出荷する上での等級の厳しさ、厳しい環境下での収穫の苦労など、最初に教えてくださった方です。大勢のカメラに囲まれ、質問やリクエストにも難なく応えるプロの生産者の顔から、ホッとした穏やかでかわいい愛子さんの表情に戻った時に、シャッターを切りました。ピンボケしたけど、愛子さんの笑顔と越前海岸の景色に助けていただいちゃった、そんな1枚です。
吉鶴 かのこ 大阪出身・在住のグラフィックデザイナー、イラストレーター。XSCHOOLをきっかけに5年前から月1度福井へ通う。2019年より、越前海岸を拠点に水仙産地の新しい景色と生業づくりを目指す「ノカテ」のメンバーとしても活動している。
水仙の「見頃時期」は1月から2月。越前海岸でもその頃になると、荒れた日本海を見つめて小さいながらも香り立つ、水仙の群生する姿を見ることができます。
実は、ここで咲いている水仙が生花店に並ぶことはありません。育ち具合が足りず出荷できなかった水仙たちなのです。
水仙は球根から育ちます。次の年には新しい花を咲かせますが、咲いたままでいると球根は痩せて元気がなくなり、だんだんと花をつけられなくなってしまいます。
「せっかく咲いているのに摘み取るの?と思うかもしれないけど、その方がいいんだよ」と水仙農家さんは教えてくれました。今度は、翌年元気に花を咲かせてくれるように、水仙農家さんと一緒に摘み取りに来よう、と思いました。
石原 康宏
㈱JTB福井支店
観光開発プロデューサー
知らない水仙農家さんと話す。その上、写真まで撮らせてもらうなんて絶対無理だー。
最初はそう思っていました。でも実際は、聞いたら何でも教えてくれる優しい人しかいませんでした。これは、私が撮った中で1番笑顔が素敵な一枚です。
取材のたびに水仙をもらって帰りました。お母さんが玄関に飾ってくれました。家に帰ってドアを開けると一番に水仙の香りがして「お帰りー」と、言ってくれているような気がしました。
今年は水仙の花が好きになった冬でした。
倉橋 築子 小学校5年生(撮影時)。 3人兄妹の長女。 サンタさんにもらったOLYMPUS E-M10 MarkⅢとともに、カメラ修行中。
「水仙農家の皆さんにどんどん質問してください」と促され、お仕事のやりがいや、水仙に対する愛情を質問しかけて、ふとためらう自分がいた。外から来た私たちの勝手な期待を込めた質問だと思ったからだ。
水仙の育て方を質問すると熱心に教えてくれる。収穫するための鎌や籠から様々な工夫が見て取れる。優しい手つきで花を扱う。そんな様子の端々から、水仙と共に過ごした年月に想いを馳せることができる。野暮な質問をしなくても、私にはそれで充分だった。
黒川 照太
1981年生 福井市出身。
学生時代を別府市にあるグローバル大学で過ごし、卒業後は東京でNPO支援、まちづくり、コミュニティづくりの仕事に携わる。現在は家業を継ぐため福井にUターンし、新規事業を模索する毎日。
越前海岸沿いの福井市居倉町。ここは水仙の発祥の地と言われている。そんな居倉町で、こしの水仙部会の山本正男さんに出会った。
この日、刈り取った水仙を見つめる山本さんは、まるで我が子の成長を喜びつつも、どこか将来を心配するような表情だった。その背景には、シカやイノシシによる食害、生産農家の高齢化や後継者不足がある。
水仙はこの地域の生活を支えてきたもの。来年、再来年、そして10年後も今と変わらない水仙のある風景を維持するため、何ができるだろうか。不安な顔から笑顔に変えたいと素直に思った。
前田 和磨
1983年8月10日生まれ。
坂井市出身。
平成22年 福井県庁入庁。平成30年 「越前海岸の水仙畑 文化的景観保存調査報告書」作成に携わりました。
37年間ずっと福井にいます。これからも大好きな福井のために出来ることをしたいです。