がんばって‼︎田中さん

水仙農家の田中民子さんのお話を、カメラ越しではなく初めてたくさん聞けました。そして、田中さんがどれだけ大変かをあらためて実感しました。
斜面の中で水仙を刈ったり草刈りをするのは大変ではないですかと聞くと「そりゃあ厳しいしきついよ」と言っていました。もっとたくさんの人が協力して作業をしていると思っていたので80歳近い田中さんが一人でやっていると聞いてびっくりしました。
また、きれいな水仙を出荷するためにきっちり一本一本切り揃え「え、ち、ぜ、ん」という30センチから50センチまで5センチ刻みで規格寸法が書かれた板の上で仕分けして箱詰めしています。これを毎日やられていると思うと頭がクラクラしてきます。

大変なお仕事でいつもやめてしまいたいと思っているのに、「水仙を愛しています」といった時、とても力強く若々しく見えました。

倉橋 築子
小学校6年生(撮影時)。
3人兄妹の長女。
ローカルフォトに2年連続で参加。
将来の夢の一つはカメラマン。

越前水仙のこころ

越前水仙を年間3万本出荷するという田中民子さんに話を聞きました。

水仙出荷歴25年と聞いていたのでがっしりした方を想像していましたが、思ったよりも小柄なことにまずびっくりしました。田中さんは、今年80歳には思えないほど肌はつやつや、背筋はしゃんとしておられ、すたすた歩いて登場されました。

田中さんは、越前海岸に生まれ育ち、55歳から家業であった水仙農業に取り組んだそうです。

水仙は、海岸沿いの急斜面で育てられます。海からの風、水はけのよさなどから、この急斜面が水仙の栽培には必須の条件だと田中さんは語ります。

私なら立っているのもやっとなほどの急斜面。草刈りも、収穫も、水仙農家歴25年の田中さんにとっても、「とてもつらい」ことなのだそうです。

水仙出荷期の冬。田中さんが、畑にでて水仙を刈るのは1日2時間ほど。実は、刈り取った後の作業に膨大な時間がかかります。

収穫された水仙は、出荷までに、洗って泥を落とす、水揚げする、株を切りそろえる、葉の数で選別する、などの作業が必要です。蔵での一連の作業は、水仙の品質をよくするために、ドアも開け放ち寒い中、行われます。1ヶ月ほどの出荷期には、寝る間を惜しんで夜10時くらいまでの作業が連日続けられます。

「越前水仙」ははかまの長さなど規格が厳格に定められ、満たしたものだけが出荷されます。「1日でも長持ちするように」という田中さんの思いをのせて、水仙が出荷されていきます。

聞けば聞くほど、水仙農業は過酷です。しかし、田中さんの語り口は爽やかで、私は辛いだろうに・・・なぜだろう?と思いながら話を聞いていました。

「私は水仙を愛しています」

と田中さんが口にされたとき、私の胸はきゅんとし、ナゾがとけたような気がしました。

田中さんは続けて、水仙の魅力を、素朴で控えめなところと語りました。

私は、田中さんの姿そのものだなぁと感じました。

さて、田中さんから1束いただいた水仙は、2週間たった今もわが家の玄関で、いい香りを漂わせ咲いています。毎晩、仕事を終えて帰宅したときにまずかぐ香りは、私の気持ちを落ち着かせてくれます。そして、田中さんの笑顔を思い出し、また、あの海岸に水仙を見にいきたいなぁと思うのです。

鷲山 香織

引き継がれ続く生業

福井県越前海岸の北に位置する越廼(こしの)地区は、『越前水仙』の発祥の地とされる。今も、40軒以上の水仙農家がいるそうだ。皆、親から畑と技術を引き継ぎ、水仙栽培を生業として続けているという。

年間3万本以上を出荷する、田中 民子(たなか たみこ)さんもその一人である。水仙栽培をする親を子供のころから手伝い、役場に勤めていた時期も、休みの土日に手伝いをしていたという。55歳の定年を機に、親から水仙栽培を継ぎ、79歳になった今も現役農家だ。越前水仙を切花として出荷するまでには、収穫、切り口の洗浄や調整、選別、結束と多くの工程があり時間もかかる。それを田中さんは、一人で行っている。
「子供が時間あるとき、ときたま手伝ってくれるの。」と笑って話す田中さんは、日本海のきびしい風雪に耐える越前水仙のように強く、そして控えめないでたちである。親から子供に引き継がれ、越前水仙栽培がこれからも続いて欲しい。

中村 麻由美

福井の花、越前水仙

水仙農家の田中民子さんにお話を伺った。田中さんは、もうすぐ80歳になるとは思えないほどの元気な雰囲気があった。
水仙は水はけと斜面がとても大切だとのこと。昔は今の国道や山の上まで、水分がとても多い田んぼが広がっていたので、今より昔の方が水仙は広がっていなかったそうだ。そこで、「斜面での作業は辛くないですか」と聞くと、答えはやっぱり辛いそうだ。
私は、自分が水仙畑に行ったときを思い出した。行きだけでヘトネトな自分とシャキシャキ歩いている農家さん。改めて考えたら、高齢なのに本当にすごいなと思った。そして、「水仙を育てる上で大切にしていることはなんですか」と聞いたら、花が、1日でも長くもつように袴という普段土に埋まっている部分を長く切ると言っていた。
私はこのインタビューで、今まで知らなかった水仙のことがよく分かった。福井の花、水仙の魅力を福井県内だけでなく、県外の人にも興味をもってもらいたいなと思った。

石原 朱莉

民子さんと水仙

越前海岸に冬の時期だけ咲く越前水仙。冬の日本海の厳しい寒さにさらされて花弁は小さく保たれ、その可憐さや他にはない香りを求めて全国にもファンが多いことで知られています。 
そんな水仙を作り続けて25年の水仙農家、田中民子さんにお話を伺いました。

「 趣味はグランドゴルフ、シーズンオフの時には京都の美術館に行くのが楽しみ」と、 もうすぐ80歳になるとは思えないほど若々しい田中さんは言います。しかし、話が水仙づくりに及ぶと口調は険しくなりました。 

急斜面で草取りしないといけないこと、出荷の時期には朝から晩まで働き詰め。花を長持ちさせるために寒くても戸を開けて作業しなければならないこと。鹿による獣害。「若い人にはとてもできないと思う。私の代でもう終わりやろね」それは偽らざる本音なのでしょう。でも田中さんはきっぱりと「私は水仙を愛しています」と続けました。

田中さんは時々畑で水仙に向かって謝るといいます。それは規格を守るため、まだ若いうちに刈り取ってしまうから。田中さんは畑で成熟し花を咲かせた水仙と、若いまま摘み取られ花瓶の中で咲いた水仙は違うのだと話してくれました。本当の越前水仙は都会で見ることは出来ないのです。

倉橋 藍

越前水仙農家の田中さん

越廼地区で「越前水仙」の栽培を行っている田中民子さんにお話を聞きました。55歳まで越廼村役場に勤務し退職後水仙栽培に携わるようになったようです。
80歳近くのご高齢で、急な斜面で作業するのは身体がキツいと話してました。
水仙を痛めないように一日でも長く持たす為に水仙の根本のハカマを綺麗に長く切るように工夫されているようです。
水仙はつぼみのまま出荷され、花を生ける人に届いてから開花が始まるようになっています。しかし、若い花を、切っても黄色味が強く、白くならないし、花も大きくならない。手元に届いた時に本当の良い水仙でないのがとても歯痒いようでした。
越前水仙農家の田中さんのお話を通して、人と人とのつながりやそこにしかない魅力がまだまだ眠っていることを知りました。福井県に住んでいても普段の生活では出会うことができなかった水仙農家さん。もっと地域の人に出会いたい、地域のことを知りたい、そんな気持ちが湧いてくるような時間でした。

山本 裕紀子

越前水仙

冬の越前海岸を車で走っていると山の斜面に水仙畑が広がっている場所が多く見られる。この寒い時期には海岸の景観と山肌の水仙畑そして時々見えるカニ料理の看板もあり五感で旅を楽しめます。

福井市居倉町に在住する水仙農家の人に話を伺うことが出来ました。この地で生まれ住み続けて80年と、とてもこの年には見えない田中民子さん、水仙のように背筋も伸び明快な答えも帰ってくる、水仙農家の高齢者は病気知らずの健康な生活を送っている人も多いと聞いたこともある。

出荷時は朝から急斜面の場で刈り取りをして持ち帰り茎の泥を洗い流し選別作業にと、夜の10時までも作業が続き忙しい日々が続くが、水仙を愛してるからこそ出来る仕事なんだと言う言葉が心に響く。この水仙には香りと凛とした姿に魅せられて全国に多くのファンがいる。全国に出荷するための組合もあり、寒冷のなか2カ月位の間は朝から夜まで忙しい日々が続く。農家には個人的にもファンから毎年注文が入り、家の中に生けたりお歳暮用等に利用にするらしい。

吉田 隆一

これからも、この景観を残し続けるために

日本海に面し、厳しい海風が吹き寄せる、福井県の越前海岸。そこで咲き誇る越前水仙を、長年にわたり栽培してきた水仙農家の田中民子さんは、若々しく見えるもののもうすぐ80才。
収穫だけでなく、草刈りなど維持管理に大変な労力をかけながらも、あふれ出てくるのは越前水仙への「愛情」。つぼみの状態で摘み取りながら、「都会で、ちゃんと咲けるの?若いのにここから離してしまってごめんね、と話しかけるの」と語る田中さん。水仙が一番きれいに咲けるのは、ここだと知っているからだ。
その顔を見ているうちに、「何か自分たちにできることはないか」という気持ちが、自然とこみ上げてくる。田中さんの体に染みついた技術は引き継げないかもしれない。でも水仙への「想い」があれば、「ヨソモノ」でもできることがきっとあるはず。かけがえのないこの景観を残していくために、やれることから始めてみよう。

石原康宏

越前水仙は畑にこそ

福井県にある越前海岸の越廼地区居倉町には斜面につくられた水仙畑が続いている。こ の50年間で、水田や桑畑は水仙畑に変わり昨年重要文化的景観に選定された。水仙栽培を されている田中民子さんにお話を聞いた。

生粋の居倉育ちの田中さんは、退職後に家業を継いで水仙栽培をしている。もうすぐ80歳の今も7反(約7000㎡)の水仙畑で年間3万本を育てている。最盛期の12月には朝、 600本を2時間で刈り取り、花が温まって開花しないように寒風のなかで、水洗いから切りそろえ、選別まで13時間働く。 田中さんはJAに出荷する以外の6000本は個人販売を行っており、お歳暮用に楽しみにしている固定客もいる。出荷する水仙は開花の1週間以上前に刈り取るので、花に悪いねと言葉をかけるそうだ。出荷している水仙よりも、花が白く大きく薫り高い畑で咲いた水仙をできれば届けたいという。清楚で凛としたひかえめな水仙の魅力は田中さんが働き続ける原動力になっている。

北村明恵